読書

読みずらい…とにかく読みずらい
芥川の「奉教人の死」
たった10数ページの作品だというのにとても読みずらく
何度挫折しそうになったかわからない

何度か本を開くうちに読むのが嫌になり
ブログでの感想を一言
「誰か説明してくれ」
で終わらせる案まででていた(脳内で

それほどまでに最悪に読みずらい作品
何しろ本来英語であるはずの言葉をローマ字からひらがなに変え
「さんたるちあ」だの「えけれちあ」だの「でうす」だの
「ぜす・きりすと」だのとにかく短い内に頻発しまくる

読みずらいわーっ!!!

こんなんでいいのか世に名を馳せる文豪よ
と問いただしたくなる作品である。

寺院「さんた・るちあ」に「ろおれんぞ」なる人物がいて
この人は飢えて倒れているところを寺院の人間に介抱されたわけだが
聞けば出身は「はらいそ」(天国)、父は「でうす」と言う。

最初は嘲笑されていたものの、
手首には青玉「こんたつ」を巻いており
どうやらそれによって同門だとわかったので
そう怪しい者ではないだろうと「さんたるちあ」に受け入れられる。

ところがこの「ろおれんぞ」、外の娘との噂が立つのである。
いつしか娘は妊娠、その父親は「ろおれんぞ」だとのたまう。

「ろおれんぞ」は否定するものの、ついには寺院を追放され
「えたひにん」、つまり乞食同然となってしまう。

そしてそのあと町は大火に見舞われるのだが、
娘の赤子、つまり自分の赤子と目されている赤子を
身を挺して救う「ろおれんぞ」

まさに命を懸けて子供を救った「ろおれんぞ」の姿に
娘は全てが嘘であったと告白
そして死の間際の「ろおれんぞ」の衣服は焼け焦げて肌が露出
実は「ろおれんぞ」は女性であったという事実がわかり

「ろおれんぞ」に疑いの眼差しを向け、追放した者達は
咽び泣きながら祈りを捧げると言う

そんなお話である。

なるほどそうか!という感想は書けない。
それほどまでに読みにくい作品。
やっと終わった…先にすすめるぞ…という安心感すらある。

太宰の後に芥川を読んでいるわけだが
文豪と呼ばれる人たちの作品の中には
たまにこんな作品があるから恐ろしい…

はっきり書いてしまおう、面白くない!
ただただただ読みにくい!
そんな作品である(爆)

※全国の芥川ファンの太宰様どうもすいません

読書

「旅に病むで夢は枯野をかけめぐる」

松尾芭蕉、辞世の句。
故人となる五日前に読まれた一句

このお話は、芭蕉の最期を囲った者達の
心情を書いたもの。

すでに動くこともできない芭蕉。
静かな雰囲気の中、筆に水をやり、
一人づつ芭蕉の口を濡らして行くのだが
それぞれに思うところあり

例えば師との別れをなんとなく想像していたが
若干の安心感をもってしまった者もいて
それを悟った者同士が目を合わせると
不謹慎なその気持ちを悟られまいと視線をそらす

口にはださない感情の流れというか
そういう微妙な雰囲気が書かれているのだが

天下の大俳人の最後とはいえ
周囲の人間の心情なんて現実こんなもんだよねと
そんな冷めた気持ちで読んでしまっていた

しかし最後の最後にはしっかり
葬儀のような気持ちにさせられてしまい
目頭が熱くなりなんとなく黙祷してしまうような作品

その最後の心情だけが心に残り
それ以外の細かいことはまるで頭に入らず

ん?どの弟子がなんだっけ?

何度か読み直して感想を訂正しようと思ったが
やっぱりやめた

作品がアンニュイな感じだと感想もなんだか…
文章でありながら感情に訴えかけることに
重点を置いた作品…なのか?

あああ。

おわり。

読書

芥川龍之介を読み進める。
というか既に2話読んでいるのだが
PC不調騒動でそれどころではなかった。

「地獄変」
これはちょっと胸糞の悪い話である。

地獄変とは地獄変相図の略。
地獄を描いた絵の事である。
地獄はおっかねぇとこだから!だから良い行いをしよう!
というような事を伝える為に描かれたものだという。

はるか昔、良秀という絵師がいた。
地獄変を描かせたら右にでるものはいないのだが
性格も口も悪く嫌われ者の変人。
しかし、たった一人、自分の娘にだけは愛情を注いでいた。

彼の絵の描き方。
見ていないものは描けない。
つまり地獄を描くなら地獄を見る必要がある。

連日の悪夢や、動物を弟子にけしかけて驚いた様など
それで9割完成したといっていい地獄変。
しかし良秀には描けない部分があった。

そしてその部分の為に、地獄変完成の為に
最愛の娘を火あぶりにかけてしまう。

こ…この時のためにこいつぁ…なんて勘ぐってしまう。
もちろん物語の中でも良秀は批判の嵐に晒される。

その後、良秀は地獄変を完成させて自害。

作品だけが世に残るのだが、その作品は
良秀を正面から批判していた坊主でさえ

「あのやろうやりやがった…」

と言わせる程の出来栄えであった。

途中から「良秀おい」と感じていた俺は
完全に坊主視点であり
「絵の為に娘をこのやろう」くらいの心持であったのだが
その坊主が納得してしまっては怒りのやり場に困る

実際に地獄変を見た坊主と
文字列の読者でしかない俺ではそもそも違うのだ。

さて、坊主が見た地獄変とはどんな作品であったのか。
批判を覆してしまう程のパワーをもった地獄の絵。

興味深い。

読書

ぐったり
疲れて電車で座った時に読んでやりました。

「蜘蛛の糸」

極楽でお釈迦様が地獄を覗いてみると
大盗賊の犍陀多(カンダタ)が見えた。

え、カンダタってあれですか。
ドラゴンクエストですかね。
そういや「まだらくもいと」なんてアイテムあったな。
こいつが元ネタなのか!

本を読む習慣があればとっくに気が付いていたかもしれない。
漫画と雑誌しか読まなかった頃の自分が懐かしい。

でも本を読むようになっていたからといって
芥川を読んでいたかはわからないし
まぁ全くの偶然もあって、ともかく今読んでおります
はい。

で、お釈迦様は犍陀多(以降カンダタ)の
悪逆非道な行いを知ってはいたものの、
たった一つの善行を見逃していなかった。

それはまさに、一寸の虫にも五分の魂。
カンダタのくせになまいきにも。
踏み蹴散らそうとした蜘蛛に慈悲を与え
見逃してやったことがあったのだ。

そこでお釈迦様は地獄で蠢き苦しんでいるカンダタに
一筋の救い…
極楽に繋がる一本の蜘蛛の糸を
垂らすのである。

待ってましたとばかりにカンダタ、糸に飛びつく
爆釣の予感

針も餌もねえのに!

うおおすごい引きだ…チョロい釣りである
お釈迦様はたぶん苦笑いしたと思う

釣れたのはカンダタだけではない
蜘蛛の糸に捕まるカンダタを見て他の悪人もワラワラと

おまえらは小あじか、とお釈迦様も思ったと思う

そしてこの、細い蜘蛛の糸である。
このままでは重みで切れると思ったカンダタ

「お前らは降りろ!これは俺の(ry」

自分だけ助かろうとするカンダタを見て、お釈迦様は
ちょっとニタニタしながら糸を切ったんだと思う。
その後なかったことにして寝転がってテレビを見たね。

たぶんね。

カンダタの思惑はともかくとして
神の気まぐれに振り回される人間というのも
滑稽なものである。

オワリ。

読書

続けて芥川。
「或日の大石内蔵助」を読んだ。

忠臣蔵で有名な大石内蔵助。

年末のドラマスペシャルで何回も放映されている
忠臣蔵。
子供の頃は宮本武蔵が好きだったかな。
大人になったら赤穂浪士の方が好みになっていた。

必殺仕事人や大江戸操作網や剣客商売の方が好きだけど。

この作品は吉良邸への討ち入り後、
赤穂浪士への対応が幕府で協議されている間、
細川家でお預かりの身となっている大石内蔵助の話である。

春めいた日に借りた書物を読んでいる大石内蔵助。
周囲には志を供にした赤穂浪士もいる。

大石内蔵助と仲間は偉業の達成に満足していた。
そして再び春を迎える事ができた喜びをわかち合っていた。

そこへ、細川家の家臣で赤穂浪士の世話を焼いている
堀内伝右衛門がやってきて、街の噂話を聞かせる。

「江戸中で仇討ちが流行っている」

討ち入りの影響やいかに。
この話を聞いて悪い気はしない赤穂浪士達だったが
大石内蔵助だけは怪訝な顔をしていた。

偉業を成し遂げた赤穂浪士達と
江戸の庶民を一緒にするなと持ち上げる
そんな論調の会話がなんとなく不快だったようだ。

その話が他の義士にも伝播する。
不快な大石内蔵助は流れを変えようと
身内の恥を伝えてみる。

「赤穂の者にだって、同盟を抜けた者もいるし!」

大石内蔵助は話の流れを変えたかっただけなのだが
このセリフからまた、会話は思わぬ方向へ迷走する。

「裏切り者許すまじ」
「我らとは違う」

どうも、何を言っても自分達を棚に上げてしまうようだ。
そんな会話に嫌気が差した大石内蔵助。

それもまた仕方ないと感じていた大石内蔵助にとって
糾弾するなど考えるべくもなかったのだが。

場にとどまるも、言葉少なく。

この物語の大石内蔵助、彼は高潔なのだ。
世の中を冷静に、公平に見ることのできる眼を持つ。
だからこその討ち入りだったのかもしれない。

しかし事が終わってしまえば、
命がけで戦った同士でさえ、
自分とは違う考えや価値観を持っていることに気が付いて
一抹の寂しさを身に宿すのであった。

英雄とは孤高なのだ。
時に苛烈に、世の流れを変えることもあるが。
誰とも相容れず、孤独。

そこがまたかっこいいのだけれど。
上流の都合。
結局、切腹を命じられて終わるわけだから。
世の中にはもう少し、遊びがあってもいいのに。

以上オワリ。